玄照寺について

ごあいさつ

《玄照寺の縁起》
当山は慶長十九年(1614年)開山小湊誕生寺第十八世忠禅院日延上人、開基覚隆院日諦上人によって広宣流布、万民教化の為、芝白金の地に開かれる。文禄元年(1592年)太閤秀吉公朝鮮出兵文禄の役の際、小西行長が加藤清正に請い朝鮮王子の臨海君・順和君の二人の王子を捕らえるも両国講和を結び、朝鮮へ送還する代りに臨海君の男女二人の子を我が国に迎え、それより清正公が慈念を以て苟育した弟君がのちの開山忠禅院日延上人である。又姉君は庭瀬藩主戸川肥後守の奥方となり、信仰の念厚く、爾来、戸川家子々孫々当山寺門興隆、外護の任を尽くしている。元禄二年(1689年)第三世恵眼院日珖上人の代に五代将軍綱吉公より、碑文谷法華寺の末寺から身延山久遠寺直末たること申しつけられる。第二十五世伊丹霊瑞(瑞牙院日光上人)の代に至り、関東大震災後の区画整理の為、昭和二年(1927年)芝白金の地より当烏山の地に移転し現在に至る。なお当山の日蓮大菩薩は、雨乞い(女乞い)の祖師として知られ農家の人や女人の信仰が厚い。墓所には戸川家代々の墓、堂内には子育鬼子母神像、大黒尊天像、清正公像などが勧請安置されている。

《新編武蔵風土寄稿による玄照寺の縁起》
 玄照寺
境内年貢地583坪、村の西にあり。法華宗身延久遠寺末、常徳山と号す。開山忠禅院日延聖人、慶長19年草創す。その頃より碑文谷法華寺(現円融寺)の末山なりしが、元禄年中法華寺御咎をかうふりし後今の本山に従へりとぞ。本堂6間に5間。本尊宗祖日蓮の像は妙顕寺第二世大覚僧正の作なり。



住所

〒157-0061 東京都世田谷区北烏山4-21-1

交通アクセス

●電車でお越しの方 京王井の頭線「久我山駅」より徒歩13分 京王線「千歳烏山駅」より徒歩19分 ●バスでお越しの方 京王線「千歳烏山駅のりば3」より関東バス(烏01)「久我山病院行き」乗車、「烏山都営住宅前」バス停下車 徒歩1分 ●お車でお越しの方 首都高速4号新宿線「高井戸出口」より5分
正式名称 常徳山 玄照寺(じょうとくさん げんしょうじ)
住所 〒157-0061 東京都世田谷区北烏山4-21-1
駐車場 20台
電話番号 03-3307-5441
メールアドレス genshoji@outlook.com
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