京都修養道場 無名童女が子供たちに教えてくれたもの

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九州や中四国では、少し早めの梅雨入りのようですが、6月も目前となり日に日に暑くなってきました。最近では寝苦しい夜もあり、子供たちはゴロゴロと部屋中を回遊(?!)しています(^^;;
夏が近づいて、私達が先ず考えなければならないのが、「棚経」や「お施餓鬼」のこと。そして梅雨明けと共に、ひたすら草刈、草刈、草刈!掃除、掃除、掃除!!です。
今年はそれらに加え、「僧風林」の準備。今年、長男が初めて入林します。僧風林と申しますのは、平たく言えば僧侶を目指す子供たちの合宿のようなものです。(下記リンク『墨染寺blog~ぴぐ坊のつれづれ日記~』をご参照ください。)
そしてもうひとつ・・
僧風林が終わり夏の法務もひと段落した頃、長男にとって一大イベントが控えています!京都で行われる『少年少女のための修養道場』です。昨年の夏には、京都山科の大本山本圀寺で開催されました。小3~中学までの少年少女が、2泊3日の間お寺で寝食を共にして、行儀作法や仏教的な教えを学ぶという趣旨のものです。昨年でもう42回を数えます。リピーターの参加者も多いようです。私の長男は昨年初参加でした。(下記リンク『京日青のブログ』をご参照ください。)
中日の体験学習は毎年テーマを決めて、年毎に趣向を変えて行われるのですが、昨年は滋賀県のキャンプ場に出かけ魚のつかみ取りをして、その魚を串に刺して、焼いて、戴く…「なぜ、食前食後に手を合わせるのか?」「なぜ、食べ残してはいけないのか?」といいった内容を、食事の後に皆でディスカッションしながら、答えを導き出していったようです。
そもそもこの修養道場が始まったのは、ある事件がきっかけでした。今から43年前京都東山区にある阿弥陀ヶ峰の山中で、身元不明の幼女のご遺体が発見されました。身元不明のご遺体で、43年経った今でもその幼女の名前も両親も何もかもが不明のままとなっています。この事件を受け、当時の京都日蓮宗青年会の会員の皆様が、「仏さまの光によって、このような悲しい事件が二度と起こらないような社会にしたい!」と願われ、第一回の修養道場が始まりました。
最終日には、道場生の親御さんも参列して、その無名童女(むみょうどうにょ)の43回忌法要が厳粛に行われました。道場生全員がお会いしたこともお話したこともない同じ年頃の、“目には見えない女の子の仏様”に、3日間習練した法要作法を披露して、合掌して、大きな声でお経をお唱えしました。
このように「目には見えないものに対する心のあり方」を、どの様に伝えるのかということについては、京都だけではなく、宗門の様々な活動の場においても頻繁に提議されております。
 
一方では…戦後60年が経ち、日本人の「死生観」も随分変容しました。それが平成に入り、大きな災害が続きました。多くの人命が、さっきまで普通に日々の生活を営んでいた家族やご近所の方の命が瞬く間に失われ、昨日まで子供たちの元気な声で溢れていた町に累々たる御遺体が並びました。「死」に対する観念が、根こそぎ覆された瞬間でもありました。
すると今度は、見えてはいけないもの、見えるはずのないものが見え始めました。複数のメディアで取り上げられた、「被災地で幽霊やお化けが徘徊している」というお話です。産経新聞や週刊新潮でも取り上げられているようで、例えば「海の上を人が歩いて来る」とか、「水溜りの中に目玉が見えた」「仮設住宅の隅に誰かがいる」といった内容です。また別の報告では、歩いている背後から「俺、死んだのか?!」という声を聞いた方の話もありますし、私が仮設に伺った時にも似通ったお話を聞いたことがあります。
 
ある著名な宗教学者の方の講演で、次のようなお話がありました。

…産経新聞の記事には、浄土宗と曹洞宗のお坊さんが御祈祷されている様子が紹介されていました。また興味深い内容としては、一緒に御祈祷されている人がプロテスタント教会の方でした。カトリックではエクソシストと呼ばれる悪魔祓いが存在するのですが、プロテスタントは原則的にそういった儀式を行いません。お坊さんの一人が仰っていた「幽霊がいるかいないかという問題は置いておいて、現に見ている人がいる以上、それを何とかするのが私達の努めです。」というお言葉の通りなのでしょう…

確かに本当に霊的現象であるのか、見た人の心がそうさせているのかは分かりません。ただ、私が今まで被災地を行き来し、現地の人との交流を通して感じることは、「見えた」ということは多分本当なのだろうと思っています。それが霊魂にせよ、心理的作用であったにしろ、本人には見えているのだと思います。
「ああ…どんなに辛かっただろう、苦しかっただろう。」「波に飲まれて流されながら、どんどん小さくなっていく私達の姿を見た時、どんなに口惜しかっただろう。」「重く冷たい真っ暗な土砂の下で、ただ自分の命が消えゆく瞬間を待っていた人は、どんなに淋しかっただろう。」もう今となっては、目に見えない存在となってしまった人達に対する強い強い念、例えばある日突然に失った人への恋慕の心や喪失感、生き残ってしまったことへの強い罪悪感など、そんな複雑に絡み合った感情がそうさせているのかもしれません。
ともかく被災地では、精神医学やカウンセリングでは解決出来ない現象が増えていることも事実なのです。
 
墨染寺blog~ぴぐ坊のつれづれ日記~
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京日青のブログ
 http://ameblo.jp/kyotonissei/entry-11494340597.html
 
『人は死んだらどこへ行くのか?』
Hokke.tv「シャカリキ・ドン!」

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