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龍華 大本山 妙顯寺

【Ryuge Myokenji】

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肉体の生涯

段々と春の陽気になってきて、暖かくなってきましたね。
前回は「」に対する心がまえについて。
今回は身近で感じる私たちの肉体の「」についての話を・・・
 
」と聞くと、何か遠くのことのように感じられ、それでいて今まで経験したことがないことですから、恐怖を覚えるかもしれません。
 
しかし、私達は普段からこの「死」というものと隣合わせで生きています。
私達がこの世にとどまるためにはその依代(よりしろ)となるものが必要です。それが、「肉体」です。
肉体」は自分の精神のレベルによって影響を受けます。
これは主に水素、酸素、炭素、窒素などの元素が98%を占めており、この世に存在する物質で構成されています。
自らの精神(魂)がこれらの元素を引き寄せて私たちの「肉体」を構成しているのです。
 
私たちの「肉体」は今この瞬間も消滅を繰り返しています。
水素などの元素のかたまりを大きくしたものが「細胞」ですが、実は「細胞」は1秒間に500万個死んでおり、それと同じ数が1秒間に生まれているのです。
この生まれ変わりのことを私達は普段「新陳代謝」と言っています。
人間の身体は約23兆個の細胞で構成されていると言われるので、500万個と言われても「ささいな割合」しか感じないかもしれませんが、
確実に1秒1秒と過ぎるごとに私たちは生まれ変わっているのです
 
この新陳代謝も時が経つにつれて段々と低下していきます。これが「老い」です。
老い」とは私達の「肉体」が段々と前と同じ状態には戻れない状態を指し、さらに「老い」が進むと最終的な「死」を迎えるのです。
 
つまり、私たちは普段から生まれ変わっているのです。これは、心も同じことであり、肉体と心は常に死んでは、生まれて、死んでは、生まれて・・・と繰り返しているわけです。言い換えれば、1秒前の自分というのはすでに死んでしまって過去の自分であり、もうすでにこの世には存在していないことになります。
 
このように考えていくと、「今この瞬間」という「自分」が非常に大切に感じられるのではないでしょうか

【写真】
春風竹の葉音を奏でる孟宗竹の坪庭

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