アリとキリギリス

 暑かった夏から解放され、やっと秋の気配を感じるようになりました。お彼岸にピッタリ合わせて咲いた彼岸花はお彼岸が終わる頃にはもう枯れていました。名前の通り、本当にお彼岸の一週間だけ咲く花ですね。短いいのちでしたが、きれいな姿を見せることでたくさんの人に安らぎを与えてくれました。彼岸花にいのちの素晴らしさを教えてもらったように思います。
 イソップ寓話の中に、誰もが知っている『アリとキリギリス』という物語があります。アリは食べ物がなくなる冬のために、暑い夏も一生懸命にエサを巣に運んでいましたが、キリギリスはいつも歌ばかり歌って楽しく遊んでいたため、冬になって食べるものがなくなってしまったという物語です。怠けているとキリギリスみたいに最後は自分が困るから、ちゃんと働きなさいというような教訓を残しています。
 この物語はいのちにスポットを当てて考えてみると、教訓の他にも違うとらえ方ができることに気がつきました。
 アリの寿命は一年くらい、女王アリは10年以上も生きるといいます。反対にキリギリスの寿命はわずか2ヶ月程度です。これをもとに考えてみると、アリには次の季節を越して生きていくためには働かなくてはいけなかったし、キリギリスは2ヶ月のいのちを悔いのないように楽しく歌って過ごしたかったのではないかと想像してしまいます。
 持って生まれてきた寿命はそれぞれです。それをどう生きるかはその人の考え方次第だと思います。人生にはどう生きたら良いのかという正解はありません。
 挑戦したり、失敗したり、泣いたり笑ったり、たくさんの経験を積んで出た結果がその人の正解なのだと思います。悔いのないように生きていきたいですね。
 この寓話のアリとキリギリスも生き方にはそれぞれの意味があり、「どちらも間違えではないですよ。」というとらえ方もあるのではないかと思っています。
 感じ方も人それぞれですから、これにも正解はないのかもしれませんが、秋を迎え、彼岸花もアリもキリギリスもそれぞれのいのちを精一杯に生きたと感じています。

圓大院 神部美妙

一覧へ