盂蘭盆会 法話

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新盆をお迎えになる仏さまがいらっしゃるご家族は、まだ1周期をお迎えしていませんが、この中にはご家族をなくされて3回忌、7回忌、13回忌を過ぎた方もいらっしゃいます。私たちは当たり前のように1年が過ぎれば1周期がきて、丸2年が過ぎれば3回忌になると、当たり前のように年月は過ぎると考えますが、古代インドの神話にはこのような話があります。それは遥か遠い昔、この世界には昼しかなかったそうです。ある夫婦が仲睦ましく暮らしていましたが、ある日のこと夫が急死してしまいました。夫を亡くした妻の悲しみは深く、夫が先立って以来、夜がありませんから、いつになっても自分の夫は今日死んでしまったと泣き続け、悲しみは癒えることはありませんでした。その様子を見ていた神様は不憫に思い、その愛情深い女性の為にこの世界に夜を作ったそうです。夜が出来たことによって、その妻は次の朝を迎えると、夫は昨日亡くなった。またその次の朝を迎えると、夫は一昨日亡くなったと思うようになり、日を重ねる毎に妻の悲しみが癒されていったという神話があります。この神話を現代の言葉で言いかえれば、時や月日が大切な人を亡くした悲しみを癒してくれると教えています。インドでは人の悲しみを取り除いてくれる為に神様が夜をこの世界に作ったというのは少しロマンチックな話ですね。どうか、皆さんも悲しい時は、大いに悲しみ、泣きたい時は泣いて、焦らずストレスをためないようにしていただければと思います。
 
さて、皆さんもご存じのとおり、8月15日、明後日で戦後70年を迎えます。
何の罪もない多くの方が先の大戦に於いて犠牲になりました。二度とあのような過ち、悲惨な過去を繰り返えさせてはいけないと思うのは私だけでなくここに集まりの皆さんも同じだと思います。
 
今日は回向の中で、先の戦争で亡くなられた全ての戦没者の英霊に対して哀悼の誠を捧げると同時に不戦の誓いも込めさせていただきました。
 
今年も8月に入り広島や長崎など各地で戦没者の慰霊が行われております。慰霊と言えば、随分昔ですが私の実家の妙行寺で住職を務めていた母から不思議な話を聞いたことがあります。
 
恐らくパラオ周辺の南方の島で、戦後50周年で盛大な慰霊供養が行われました。日本より大勢の仏教僧が集まり、多くの日本兵が亡くなれたそれこそジャングルの様な中で慰霊法要が営まれました。その様子がNHKのニュースで放送され、その放送を偶然私の母がテレビで見ていたそうです。大勢の僧侶が読経をしていると、突然法要の導師を務める高僧の肩に大きな野生の大きな鳥が暫く停まったそうなのです。それを見た私の母は大変驚いて私に話してくれたのです。そもそも野生の鳥が、人間の肩に停まることはあり得ませんよね。純粋に考えれば、ジャングルの中で亡くなられた多くの日本兵の霊が、鳥にのり移り、自分たちのことを忘れずに戦地に赴いて供養をしていることに対してお礼を言いにきたのだと考えるのが、変な話ですが普通だと思うのです。鹿児島では亡くなった特攻隊の多くの霊がホタルになってあらわれたなど色々言い伝えもあるのも感慨深いものがあります。
 
日本国を護る為、日本にいる家族を護る為に命を落とされた英霊の思いを決して無駄にしないように、私たちはこれからも平和な日本を護っていかなければいけません。
 
最後に、私が心配していることがあります。それは一部の日本人の中に戦争に負け、多くの国民やアジア諸国方々が犠牲になったのは天皇制や君が代、そして日の丸が悪であるかのように誤解している人がいることです。
 
恐らく70年前の敗戦を猛烈に反省されて、そのような考えに至ったのもしれませんが、日本の天皇制は少なくとも1500年以上確実に一系の血縁が系譜し続けている世界最古の皇族です。それだけでも、この日本という国がいかに平和であったかが分かります。さらに世界最古の女流文学者が日本人ですが誰だか分かりますか?紫式部です。千年以上も前に女性が文学作家として活躍できるような平和な国が日本以外、世界あったでしょうか。神武天皇から現在の今上天皇まで続く古い時代から和を重んじ平和な国として治めてこられたのが天皇なのです。
 
また、君が代がまるで軍国主義の象徴のように誤解し、学校での国家斉唱を拒む先生がいるそうですが、これまたそういう方の見識は浅すぎると私は思うのです。そもそも君が代の君は天皇ではありません。日本には漢字が中国から入ってくる前から大和言葉というものがあります。いざなき、いざなみ、おきな、おみなという大和言葉がありますが、きは男性、みは女性を表す言葉で決して天皇家を意味するものではありません。その証拠に、百人一首の15番目に詠まれる孝光天皇がみずから「きみが為に春の野に出て若菜を積み」と詠っております。もし天皇が君ならこの唄は成り立ちませんよね。君が代は今から千年以上前の平安時代の古今和歌集に載っているお祝の歌で、明治初期まで、結婚式で詠われた唄です。きみとは男女、男女が結ばれそしてその子孫が永遠に栄ますようにと願った歌です。どうしてこれが、軍国主義の歌になるのか、国家斉唱を拒否する先生に聞いてみたいものです。
 
日の丸や君が代が戦争を起こしたのではありません。米国ルーズベルト大統領の反日政策、当時の近衛内閣、東条内閣の失政、また日本と米国を開戦させるように動いた共産主義者のスパイ、コミンテルンが日米を開戦へ進めさせたのです。これが事実です。
 
第二次大戦中、私の実家である妙行寺には歴史のある除夜の鐘がありましたが、弾丸が足りないといって国に没収されました。仏教僧も関係なく戦地に駆り出され、中には特攻隊として散った若い僧侶もおります。仏を奉り、先祖を供養する寺から大鐘をとるような罰当たりな行為をする国は負けるのは必至です。当時の日本は情報統制でそれすらも分からなくなっていたのです。戦争は本当に恐ろしいものです。
 
仏教では因果一如という教えがあります。これは因には既に結果が具わっているという意味です。お寺の鐘を弾丸に変える行為など、人間として罰当たりな行為をしていることに気付かない時点で、既に罰が当たっているのです。戦争はそれだけ、人間を盲目にしてしまう恐ろしいものなのです。どうか皆さんも、本来の日本人として天皇陛下と共に和を重んじ、先祖の供養していただき、これからも戦争の無い世の中、そしてきみの世が永久に平和であるように祈りましょう。最後にお題目3編 唱えます。

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